
「いつかは家業を継ぐ」。それを当たり前と思って株式会社森原鉄工所に入社した森原氏。しかし、そこで直面したのは、現場主体の昔ながらの町工場というだけでなく、メーカーとの間に存在する「下請け」としての立場の壁でした。
「このままではいけない」という危機感と、父親への誇りを胸に、森原氏は、現場の非効率を打破する在庫管理の仕組み化からスタート。さらに、町工場では異例のM&Aやグループ企業設立を断行し、会社の売上を2億から7億超のグループ企業へとV字成長させました。
「鉄」への深いこだわりを持ちながら、常に革新を続けるアトツギ経営者の挑戦の軌跡を伺いました。
承継の動機と直面した「下請け」の壁
Q まず、森原さんが家業である森原鉄工所を継ごうと決意された、一番のきっかけは何だったのでしょうか?また、承継を決めた当時、会社の事業や経営状態について、どのような課題を感じていらっしゃいましたか。
A もう「いつかは絶対親のものを継ぐ」という時代に育ちましたから、それが当たり前だと思っていました。新卒で入社し、よそで働いた経験はありません。
ただ、当時は「スーツを着て働きたい」という思いもあって(笑)。それでも家業に戻るという意識が強く、それはこの環境で育ったことが最大の動機です。
入社当時の会社は、正直なところ、売上もそれほどなく本当の町工場でした。営業もなく、現場主体の工場でした。従業員も今から比べると少なかったですね。

何より一番の課題だと感じたのは、メーカーさんとの間に感じた「格差」です。それが「こっちも品質や納期、企業体質などで力をつけないといけない」と、会社を変革する覚悟を決めた、最大の原動力でした。

現場の非効率を「仕組み」で変える
Q 承継時の重責、特に歴史ある鉄工所を率いることへのプレッシャーは相当なものがあったかと思います。その中で、「自分なりに会社を変えていこう」と決意した時の、率直な心境をお聞かせいただけますか。
A 当時は、とにかく「何か一つでも多くものを作ったら、お金儲けができるのではないか」というシンプルな思いがありました。まずは自分の力で何とかなるかな、と夜遅くまで残って技術を学んだりもしました。
しかし、すぐに「1人でやっていても限界がある」と気づきます。売り上げは思った以上には上がらない。だから、これは何か「仕組み」を考えていかないといけないな、と思いました。
変革への具体的な第一歩は、現場の非効率の解消でした。多品種・少量生産が中心で、お客さんから材料を小出しで発注されるため、手間ばかりかかっていました。ロット(発注数)が多いものの方が、効率が良く利益が出るので、お客さんと話し合い、「弊社で在庫管理をするので、ロットを増やしてほしい」と提案しました。

シンプルな視点の大転換:町工場が「倉庫」を持つ理由
Q その在庫管理代行という仕組みは、具体的にどのような効果を生んだのでしょうか?また、それは製造業において異例の取り組みだったのでしょうか。
A お客さんの倉庫に眠っている材料を、一度にまとめて弊社で預かり、必要な分だけこちらで納品するという形です。
このために、2013年に工場の近場に倉庫を購入しました。製造業というのは、基本的に「やった分はすぐお金になる」という考え方が主流ですから、倉庫を構えてコストをかけ、ロットが増えるまで収益化を待つというのは、当時の町工場ではほとんど聞いたことのない取り組みだったと思います。
でも、一度にまとめてできるので、生産性としては格段に効率が良くなります。1個1個で段取りを変えることから比べると、作業者もやりやすくなり、納期管理もしやすくなる。
会社に体力があったからこそできたことですが、結果的にこの取り組みは、効率化だけでなく「お客さんの囲い込み」にも繋がりました。在庫がこちらにあるので、お客さんはよそに発注する必要がなくなる。弊社としても、大きな強みになりました。
また、現場でずっと作業していた私自身が「いかに楽するか」「いかに効率良くするか」と考えて実行した改革だったので、社員からの反発はほとんどありませんでした。現場の作業者が改革を主導した、という点も大きかったと思います。

M&Aとグループ化で「メーカーの壁」を突き破る
Q 現場の効率化で得た資源を元に、次にM&Aやグループ連携といった大胆な事業拡大に乗り出されました。その目的は何だったのでしょうか。
A 目的はただ一つ、「会社を大きくしたい、ある程度の規模にしたい」ということです。下請け業者という立場から脱却し、メーカーとの差を埋めたかった。
極論を言えばメーカーになればいいのですが、それだと仕事をもらえなくなる。人を簡単に増やしても仕事がないと意味がない。そこでM&Aをすれば、仕事はついてくるし、従業員も増える、会社として一回り大きくなれると考えました。
特にこだわったのは、「同じ鉄を扱う金属関係の会社」であることです。ゴムや異業種に手を出しても、私がわからない分野だと、雇った側の人に対してすべてを任せきりになってしまう。鉄ならまだわかりますから、現場の人との話もしやすい。

結果的に、2020年のM&A、そして2025年の吸収分割により、鋳造・金属加工・板金をグループで一貫して行える体制を築きました。また、機械のメンテナンスや製造を行う新会社も設立し、現在はグループ4社で従業員は40人を超えています。
このグループ化により、鉄の素材作りから加工まで一貫で対応できるようになりました。次の目標は、この体制を活かす「営業力」「販売力」の強化です。後継者問題もありますから、手っ取り早く力をつける方法として、今後もM&Aや吸収分割を視野に入れています。

M&Aの哲学:「オーナーが変わって良くなった」と思ってもらう
Q M&Aは時にネガティブなイメージを持たれることもありますが、御社が成功を収めている要因は何でしょうか。
A M&Aの成功は、売上や利益といった経済合理性だけではないと思っています。僕らが常に大切にしているのは、「前のオーナーさんに喜んでもらうこと」です。
吸収分割で会社を引き継いだ時も、前のオーナーさんやその奥様が「助けてもらった」と、本当に感謝して喜んでくださった。その言葉が、僕らにとって「いいことしたな」という気持ちになり、大きな喜びになります。
このM&Aは、引継ぎ支援センターにご紹介いただいたご縁で、結果的にとても良い案件となりました。困り事や次の展開を考えているとき、専門家に相談すれば答えが返ってくるというのは、アトツギにとって大変助かります。
また、買収した側の責任として、現場の社員の気持ちを尊重することも大切にしています。僕らは後から来た人間ですから、「オーナーが変わって良くなった」と思ってもらうのが一番。もちろん、ダメなものはダメと伝えますが、相手の気持ちを汲むことは大事です。そこは人間ですから腹の立つこともありますが、両目で見るバランスが必要だと考えています。

親が誇れる会社へ:未来のビジョンとアトツギへのメッセージ
Q 今後、森原鉄工所を、そして森原グループを、どのような会社にしていきたいというビジョンをお持ちですか? 5年後、10年後の「理想の姿」をお聞かせください。
A 一つは、「親が働いていて、その従業員さんの息子さんが働きたいと思う会社」にしたいです。親の会社で働くというのは難しいことだと思いますが、それくらいの理想論は持っています。
そのために、規模を大きくしていくことと、福利厚生を充実させることが大事だと考えています。町工場では異例ですが、今年9月には社員寮(社宅)となるマンションを購入しました。外国人技能実習生の受け入れにも繋がりますし、他の会社にはない強みとしてアピールしていきたいです。
また、グループ内の移動をOKにしているので、もし人間関係などで嫌なことがあっても、グループ内で環境を変えられます。辞めてしまう前に、別の道を用意して提示できることはメリットだと思っています。

Q 最後に、今まさに事業承継を控えている方々、あるいは家業を継いで革新に挑戦しようとしている「アトツギ」の方々へ向けて、森原さんの経験を踏まえたメッセージをお願いできますか。
A 可能性は絶対ゼロじゃない、ということです。絶対どこかに何かチャンスはあります。そして、家業を継げるというのは、それ自体が一つのチャンスです。そのチャンスをどう生かすかは、自分次第だと思います。
家業を継ぐことにネガティブな印象を持つ人もいますが、僕は「ラッキー」だと思っています。たまたま森原家に生まれたというラッキーを、どう生かすか。どこで働いても苦労はしますから、メリットとデメリットを考えるなら、全部メリットと考えればいい。
そして、「見せ方」も大事です。M&Aをして会社を大きくするなど、ホームページを含め、どう「うまいこと見せるか」は絶対に大事です。
あとは、タイミングと運。そこで取りこぼさないように、何かもう一つギアを入れるタイミングを常に探してほしいと思います。

【取材協力】
株式会社森原鉄工所
〒574-0052 大阪府大東市新田北町5-6
HP:https://morihara.info/
(文/写真:麻柄 瑶子)

