
「跡を継いだけど、会社が衰退している」「未来を描くビジョンが見えない」――そんな課題を抱えるアトツギは少なくありません。東大阪で80年続く老舗の亜鉛めっき針金メーカー、サクラテック株式会社も、かつては厳しい環境にありました。
五代目となる大橋翔太社長は、商社での経験を活かした「チャネル革新」で売上をV字回復させただけでなく、本業の技術を再解釈した「廃材アート事業」を立ち上げ、社員の自信と企業イメージを一新。家業の危機を乗り越え、今は事業を「守るために攻める」覚悟を貫く姿勢です。
「衰退産業」からの脱却:V字回復を導いた「チャネル革新」
Q サクラテックのコア事業「針金」の強みと、入社当時の課題は何でしたか。
A サクラテックは、鉄を細く伸ばす伸線技術を持つ老舗企業です。競合が多い中で、当社の最大の強みは、高い耐食性(さびにくい)と意匠性を実現する亜鉛メッキ技術、特にメッキをぶ厚くつける技術にあります。1972年に日本で初めてメッキ線の開発に成功し、技術進化を続けてきました。
しかし、私が2014年に入社した頃は、売上が毎年億単位で減っていく状況でした。公共工事向けの売上比率が高かったのですが、少子化による公共予算の減少と、高耐久製品の開発で製品寿命が延びたことなどから需要が細っていました。大阪工場を閉鎖せざるを得ないなど、従来のビジネスモデルは限界を迎えていました。

Q 厳しいタイミングでの入社だったんですね。幼少の頃から、家業や跡継ぎについてどのように意識されていましたか。
A 長男である私は、物心つく前から「将来は跡を継ぐ」と言われ育ちました。周りには家業を継ぐことに抵抗がある仲間もいましたが、私自身はネガティブな気持ちはありませんでした。
むしろ、当時の社長だった祖父が世界を飛び回り、かっこよく働く姿を見ていたので、「サクラテックの社長を目指しておけば、逆に何にでもなれる」と考えていました。幼い頃から、サクラテックの社長になることを人生の目標として生きてきました。

Q 衰退産業の中で、どのようにして売上をV字回復させたのですか。
A 商社での経験を活かし、「チャネル革新」と「パートナーシップ戦略」を実行しました。
高度経済成長期は「いいものさえ作れば売れた」のですが、成熟産業ではお客さまは「安いもの」も求めています。当社のブランドを棄損しないために、岐阜工場では引き続き高品質な製品を作り続けました。同時に、お客さまが求める安価な製品は、商社時代に培ったノウハウを活かし、外部パートナーから調達し、私たちが品質を保証して販売するモデルを確立しました。
これにより、同じお客様にこれまで売っていなかった領域の製品を売ることが可能になり、新たな収益の柱ができました。入社から10年で、会社の売上は2倍にまで伸びています。

既存技術の「再解釈」:廃材アートと新規事業という種まき
Q HPを見るとさまざまな取り組みをされていますが、本業以外の取り組みはどのように進めましたか。
A 本業の「針金」を活用した新規事業と、地域の資源を活かした「種まき」を並行して行いました。
地域連携としては、東大阪市のオープンイノベーション事業に参加し、デザイナーや学生と共にスツールなどのプロダクト開発をしています。
大学や専門学校には素材(針金)を提供し、学生からアイデアを募るなど、コストをかけずに未来に向けた「種まき」を積極的に行っています。

その「種」の一つが、針金の廃材を使った「胡蝶蘭アート」です。これは「社員の自信回復」を目的に、社内からアイデアを募り、1人の手先の器用な営業社員が手作業で針金を活用して紅葉を作り始めたことが始まりでした。今は「胡蝶蘭」など、贈られた後の片付けが大変という課題を解決するレンタルサービスとして事業化しています。外資系ホテルのエントランスに展示されるなど、企業イメージの刷新と新たな収益源に繋がっています。

変革の最大の壁:泥臭い営業と社内マインドの変革
Q 厳しい変革期で、一番大変だったことは何ですか?また、それをどう乗り越えましたか。
A 入社からしばらく、最も大変だったのは「組織」に関わる課題でした。具体的には、新規開拓営業の困難さと、社内のマインドを変えることです。
当時の社内は「どうせ売れない」というムードがありました。まず、商社出身として自分で結果を出すことで信頼を得ようとしました。
しかし、営業活動は想像を絶するものでした。私たちの業界には古くからのしがらみや、暗黙のルールが多く存在し、複雑な取引構造が絡み合っています。新規に営業を仕掛けても「何を今さら。もう買っているから」と断られるのが常でした。
この「何をしても断られる」時期が数年続きました。私は当時営業で唯一の20代として孤立していましたが、「これを乗り越えないと会社は潰れる」という覚悟のもと、地道に営業活動を続けました。

並行して、社内のマインドを変えるために、社員一人ひとりと対話し、時には頭を下げて協力を依頼しました。入社1年目に赴任していた岐阜工場のメンバーから始め、その後、同世代の友人を採用し、経験豊かな先輩たちと気合いの入った同世代がタッグを組む体制を作ることで、会社全体の推進力が生まれました。この泥臭い対話と人づくりが、変革の土台となりました。

アトツギとしての覚悟:企業を永続させる「一本の軸」
Q 企業を永続させるために、大橋社長が最も大切にしていることは何ですか。
A 私はすべての取り組みを、企業を永続させる「一本の軸」として捉えています。
それは、利益を循環させる仕組みです。従業員のエンゲージメント(愛社精神)を高めることが、顧客満足度を高め、結果的に売上と利益を増やします。得られた利益を、従業員への還元、地域社会への貢献、未来への投資に回すことで、再びエンゲージメントが高まるという良い循環が生まれます。
この循環を回し、会社を「守る」ためには、「攻める」ことが不可欠です。江戸時代から続く地場産業の文化と事業を残すためにも、細々と延命するのではなく、時代の流れを掴み、事業成長させ続けていく使命感を持っています。

Q これから家業を継ぐアトツギや、継ぐことを迷っているアトツギたちへメッセージをお願いします。
A 迷っているということは、心の中に必ず「想い」がある証拠です。
テクニカルな知識やAIの活用ももちろん大切ですが、それだけでは変革は成し遂げられません。必要なのは、「歴史をつなげる使命感」、そして「自らやると決める」ことです。
私には、大学生の頃に大阪の本社工場が売却され、家の屋根からずっと解体工事を見ていたという原体験があります。言葉にできないほどのショックで、心の中ではずっと「親父、何してんねん!」と思っていました。でも、今思えば、あの工場を売却するという苦渋の決断があったからこそ、今、会社が存続できているのだと理解できます。
先代の行動は、その時分からなくても、後から解釈すれば必ず意味が見えてきます。家業のストーリーを都合よくてもいいので自分で言語化し、それを自分のパワーに変えてください。そして、「絶対にあきらめない」という覚悟で、地道な努力を続けることが、家業と自分の未来を拓く道だと思います。

【取材協力】
サクラテック株式会社
〒578-0905 大阪府東大阪市川田3-10-7
HP:https://www.sakura-tech.co.jp
(文/写真:麻柄 瑶子)

