
「変革は、現場の『違和感』から始まる」と、婿養子として伝統あるシール印刷の世界に飛び込み、業界の常識を次々と塗り替えてきた梅本氏。
かつて、実家の事業承継で「何も変えられない」という絶望的な挫折を経験した梅本氏が、なぜ、自身の家業とは関係のなかった老舗企業で、日本で数社しか使っていないデジタル印刷機の導入や、印刷の枠を超えた「ソリューション提案」を実現できたのか。そこには、アトツギが直面する「伝統と革新のジレンマ」を突破するための、したたかな戦略がありました。
「一度の挫折」を抱え、退路を断って挑んだ二度目の承継
Q 奥様の実家の家業を継ぐまでの経緯を教えてください。
A 実家の承継失敗という「どん底」の経験が、私の原点です。
もともとは実家の事業を継ぐつもりでキャリアを積んでおり、家業に入った際も、自分が会社を良くするんだと必死になって働いていました。
しかし、どれほど合理的な提案をしても、先代からは「お前の言うことは理想論だ」と一蹴され、意思疎通が全く図れない。結局、実家の承継は叶いませんでした。その時の「何もさせてもらえない」という無力感、挫折感は相当なものでした。
自分のルーツを失ったような喪失感の中、結婚の話が出たタイミングで「ウメモトを継ぐことが条件」という言葉をいただき、背水の陣で義父の経営するウメモトへ入社しました。

Q 入社した当初、会社はどんな状況でしたか。
A 実は、ウメモトで最初に見た光景もまた、「ないことづくめ」の状態でした。2016年当時、世の中はIT化が進んでいましたが、ウメモト社内には社員一人ひとりが使うPCすらなく、全社で共有のPCが数台あるのみ。メールアドレスすら持っていない社員が大半という、アナログの要塞でした。
全ての事務作業や帳票は手書き。業務効率化のためにITツールを提案しても「そんなものを導入してゲームでもするのか」と、議論にすらなりませんでした。
実家と同じ「変わることへの拒絶」を目の当たりにし、一時は絶望しましたが、私にはもう後がありませんでした。
「ここで逃げたら終わりだ、実家の時と同じ失敗は絶対に繰り返さない」という執念が、変革への原動力となりました。

「出島戦略」で実績を作り、社内の壁を突き崩す
Q どのようにして、保守的な社風の中で変革を進めたのでしょうか。
A 社内で戦うのではなく、まず「社外」で既成事実を作りました。社内でいくら正論を説いても、伝統を重んじるベテラン社員や先代を説得するのは難しい。そこで、会社に内緒で「出島」を作りました。個人事業主のような形で外部に拠点を構え、独力でECサイトを構築し、小ロットの受注ニーズを直接掘り起こしたのです。
1年ほどは完全に隠密行動でしたが、そこで確かな売上と顧客のニーズを証明しました。「ほら、世の中にはうちの技術を求めている人がこんなにいる」という数字(実績)を見せることで、ようやく社内の空気が変わり始めました。

特に大きな転換点となったのは、日本に数台しかなかったイタリア製の超高性能デジタル印刷機の導入です。1億円を超える巨額投資に先代は反対しましたが、私は「これを入れなければ、ウメモトの未来はない」と、直談判を行いました。婿養子という、ある種「よそ者」の視点を持っていたからこそ、業界の常識に縛られず、客観的なリスクを取ることができたのだと思います。
現在、このデジタル印刷機はウメモトの代名詞となり、国内における新たな生産方式で高付加価値のシール印刷を実現する、唯一無二の武器となっています。

「うちはシール会社ではない」。創業者の一言が変えた視点
Q 印刷業から「ソリューション企業」への転換、その真意と組織の変化を教えてください。
A 創業者の「うちは商人の集まりだ」という言葉に救われ、シールを売るのではなく「価値」を売る覚悟が決まりました。
変革の途上で、創業者から言われた「誰がうちをシール会社だと決めた?うちは商人の集まりだ」という一言が、私の迷いを全て吹き飛ばしてくれたんです。

それまでは「シール印刷の枠」の中で何ができるかを考えていましたが、その言葉によって、お客様の商品価値を高め、マーケティング課題を解決するパートナーになることこそが本質だと気づいたのです。
それからは、単なる受注生産ではなく、デザインから広報戦略まで一気通貫のソリューションを提供する企業へと舵を切りました。
この変化は、社員たちの意識をも大きく変えました。

現在は、デジタルデザイン推進室でデザイン講習とプロンプト講習を自社オリジナル教材で行っています。60代の取締役も生成AIを活用し、妻がデジタル推進の責任者として、社内研修、社内アプリなどもバイブコーディングで対応しています。
かつて「PCは不要」と言っていた組織が、今や自らAIを使いこなし、最新のデザイン手法を用いて顧客の課題に応える「クリエイティブ集団」へと進化を遂げたのです。
この変革は、単に機械を入れたからできたのではありません。老舗としての「信頼」を土台に、「なぜ」という問いを立て、社員一人ひとりが社会課題への貢献を自分事として捉えられるようになった結果だと思っています。

アトツギたちへ:10年スパンで「挑戦」を諦めない
Q 同じ悩みを持つアトツギの皆さんにメッセージをお願いします。
A 短期間で結果を求めず、10年先を見据えて「しつこく」挑んでください。実は、私のこの9年間は、端から見れば悲壮感に満ちていたと言われます。実家を離れ、婿養子として孤独な戦いを続けてきました。しかし、本気で「これをやりたい」という志があれば、必ず共感してくれる仲間が現れます。

アトツギには、スタートアップのような派手な華やかさはないかもしれません。しかし、何十年もかけて先代たちが築き上げてきた「信頼」というリソースは、何物にも代えがたい最強の武器になります。承継するたびに組織は強くなる、私はそう信じています。
。10年経ってようやく、私も自分の描いていたビジョンが形になり始めました。承継を単なる「家業の引き継ぎ」という義務ではなく、自分の人生を賭けた「壮大な挑戦」と捉えてみてください。そうすれば、景色は一変します。もし今、あなたが孤独だとしても、本質的な課題から逃げずに突き詰めれば、必ずあなたの志に共感し、共に戦ってくれる仲間が社内外に見つかるはずです。

【取材協力】
ウメモト株式会社
〒543-0016 大阪府大阪市天王寺区餌差町14-18
HP:https://umemoto-print.co.jp/
(文/写真:麻柄 瑶子)

