公益財団法人 大阪産業局

「ないことづくめ」のどん底からV字回復へ。老舗圧力計メーカーを救った“視点の転換”(株式会社木幡計器製作所 代表取締役 木幡 巌氏)

 

大阪で100年以上の歴史を持つ老舗の圧力計メーカー、木幡計器製作所。その歴史は、7代目社長である木幡氏の曾祖父が家業であった金物屋の金物鍛冶の技術を応用し、当時は舶来海外製品が主流であった圧力計の国産内製化に成功し創業したことに始まります。
以来、主力のブルドン管式圧力計は、船舶、プラント、インフラ設備など、産業界の「安全・安心」を支える計測機器として社会に貢献してきました。
そして木幡氏は、その伝統を受け継ぎながら、IoT技術を活用した新規事業や医療分野への参入といった大胆な事業変革を推進しています。

 

「自分がやるしかない」という覚悟で戻るも、経営状況はどん底

Q 家業を継いだ時の状況を教えてください。

A 経営資源が「ないことづくめ」だったため、閉塞感に満ちたどん底からのスタートでした。

幼い頃から家業を見て育ちましたが、高校時代に両親が離婚し、工場の土地を一部売却するなど、経営が苦しい状況を目の当たりにし、「自分がやるしかない」という覚悟を持ちました。しか
し、大手企業での2年の社会人経験を経た後に、家業に従事するようになった当時、会社は想像以上に厳しい状況でした。

 

 

人材、財力、独自の技術力がない。営業に行っても、価格交渉が中心で、技術的な商談はほとんどない。業界全体が寡占化しており、自社製品に専門性がないと感じ、「この会社に強みはない」と絶望的な思いでした。本当に「ない」ことしかないと思える状況でした。
社内にも閉塞感が蔓延し、「どうしていいかわからない」という孤独な葛藤に苛まれていました。
正直、大企業での経験と比べ、そのギャップの大きさにショックを受けました。しかし、このどん底の状況が、「このままではいけない」という強い危機感と、その後の変革の原動力になったと思います。

 

 

「プライド」を捨てて、事業の「存在意義」を問い直す

Q どのようにして自社の強みを見つけ、事業の閉塞感を打ち破ったのでしょうか。

A 「老舗のプライド」を捨て、世の中に何を売っているのかを問い直しました。

当初は老舗の製造業として、同業他社と同じ土俵で戦おうとしていましたが、それでは価格競争から抜け出せません。この状況を打ち破るきっかけは、新規事業として始めたホームページ制作の仕事で、ある小さな町工場のHPを見たことです。
それは2001年ごろ、新潟県にある有限会社イワセという中小企業のホームページを見たときのことです。この企業は銅・真鍮の小物部品の金属加工を行ういわゆる業界でいう「挽きもの屋」さんで、製造業のホームページコンテストで3ちゃん賞という特別賞を受賞していました。
イワセさんのトップページは、工場の入口に社員さんがニッコリ笑っている集合写真なのですが、矢印が書いてあって「父ちゃん社長、兄ちゃん専務、母ちゃん経理、弟 工場長、妹 検査員」などと家族経営の組織構成が紹介されており、タイトルは「3ちゃん会社の挽きもの屋さんイワセ」とありました。彼らは、家族経営という、通常は「弱み」と見られがちな点を、「家族で経営していますので、大手企業のような余計な管理コストがかかりません。だから低価格で提供できます」「家族経営なのでお客様の少々の無理もお聞きします。急ぎのお仕事は、徹夜してでも納めます」と、堂々と「強み」として打ち出していたのです。
これを見た私は、普通は、卑下した表現や、差別的な表現で隠すような3ちゃん(父ちゃん、兄ちゃん、母ちゃん)という部分を前面に出し、それを逆手に強みであると見せていることに心底驚きました。
「強みがない」という閉塞感に苦しんでいた私にとっては、自分が恥ずかしく思えるぐらい、まさに頭をハンマーでガツンと殴られたような衝撃を受け、視点が180度変わる機会となりました。

 

 

この経験から、「企業の強みは誰かに与えられるものではなく、自分たちで作り上げていかなければならない」こと、「弱みも逆転発想すれば強みになるケースがある」ということに気づきました。イノベーションは、若者やよそ者に限らず、少し視点を変えるだけで生まれるのだと学んだ、決定的な出来事でした。
この気づきを機に、家業の事業を根本から問い直しました。
「私たちは、単に圧力計を売っているのではない」
「私たちは、社会の安全や安心、そして信頼を売っている」
計測機器メーカーとして、計量2次標準の供給という役割を、単なる「モノ売り」から「安全・安心の診断と保証」へと目線(パーパス)を上げたことで、私たちの存在意義となる社会的役割とこれまで見えていなかった現場の課題が見えてきました。この課題解決へのアプローチこそが、自社にしかできない「存在意義」に直結すると気づいたのです。

 

 

現場の課題解決から生まれたIoTと医療への挑戦

Q IoTや医療分野という、全く異なる領域への挑戦はどのように始まったのでしょうか。

A 視点を変えて見えてきた最も深刻な現場の社会課題が、インフラ設備の点検現場における人手不足でした。

偶然、街中で壊れていた2つの圧力計を見かけたことをきっかけに、この計器はなぜ壊れたままずっと放置され続けているのか、その本質的な課題を深く突き詰めて考えていくと、人材不足の社会課題が見えてきました。
メーターを修理するだけでは根本的な解決にならず、点検作業自体を楽にしなければならない。この課題を根本解決するためにはどうしたらいいんだろうかと。その行き着いたところが、IoT技術を活用したレトロフィット(後付け)製品「サルタ」の開発であり、自社だけでは解決できない点は他社との技術連携で開発に着手しました。
このアイデアは、アナログの「現場の課題」と、Webマーケティングなどで培った「発想の転換」から生まれたものです。

 

 

また、医療分野への参入は、先代社長でもあった母の闘病経験がきっかけの一つでした。家族として闘病の苦しさを経験したことから、「同じ思いをする患者さんやご家族を減らしたい」という強い思いが生まれました。
呼吸器疾患は、早期患者の自覚症状が乏しいことから早期発見が難しく、かつ一度悪くなると完治が難しいため、長期にわたる緩和治療が中心となる厄介な病気です。また、日本人の死因で3番目に多く、非常に死亡者数の多い疾患です。
この呼吸器疾患患者のリハビリ分野に使われる呼吸筋力測定器の開発は、現在は国内唯一の専用測定器というオンリーワン製品ではあるものの、なかなか事業採算ベースに乗らない厳しい事業ですが、「社会への責任」として取り組みを継続しています。その結果、医療の専門家や研究者との連携が始まりました。利益だけを考えていたら絶対にできない開発です。この採算度外視の取り組みは、今となっては、もともと圧力計測という基盤専門技術を有し、かつ母の闘病を間近で見ていた私たちにしかできないことだと思っています。

 

 

「なぜ、そもそも」の問いで築く社内と社外の共感

Q 長年アナログ製品に携わってきた社員の意識は、どうやって変えましたか。

A 「なぜ、そもそも」を語り、社会課題への共感をベースにしました。

新規事業への挑戦に対し、当初は「社長の独断暴走ではないのか」「本業を圧迫している」といった懸念や反発の声もありました。しかし、感情的に反論するのではなく、「どんな思いでやっているのか」を真摯に語り続けました。
特に重視したのは、「なぜ、そもそも」というゼロベースの思考です。
「なぜ、この事業をやるのか?」
「そもそも、物事の本質とは何なのか?」
この問いを通じて、社員にも、自社の事業が単なる圧力計製造ではなく、「現場の課題解決」や「人命に関わる医療への貢献」という、大きな社会的な意義に繋がっていることを伝えました。
結果として、社員からも「社長、私たちにもわかるように、もっとその思いを話してください」と歩み寄りがあり、事業に対する「共感」をベースに、協力者へと変わっていきました。

 

 

『夜と霧』の哲学が支える「使命」と未来へのビジョン

Q 数々の「孤独な決断」を乗り越えるための心の支えは何でしたか。

A 一番の支えになったのは、やはり「使命」を自ら定義できたこと、そしてその使命に共感してくださる「仲間」と出会えたことです。

事業承継の道は、本当に「孤独な決断」の連続です。そんな中で精神的な支えになったのは、大学時代の恩師の心理学の授業で紹介された、ナチスの強制収容所での体験を記したヴィクトール・フランクル博士の著書『夜と霧』から得た示唆です。
彼は「収容所で息絶えた人たちと生き残った人たちの違いは、『なぜ生き残るのか』という使命を自ら定義していたかどうかだった」と語っています。つまり、どんなに理不尽で困難な状況にいても、「自分には、これを成し遂げる使命がある」と、その目的を未来に見据えることができるかどうかが、生きる力、困難を乗り越える力になるということです。

 

 

私自身、「この会社を継いだことも、医療分野に参入したことも、すべては社会の課題を解決するという使命に向かっていたんだ」と、後になって確信しました。
そして、この「使命」に共感し、大企業でも難しい課題に挑む熱意を持った社外のものづくりの仲間たち、ベンチャー企業や医療をはじめ各分野の専門家たちと出会い、共感をベースにした企業連携を築けたことが、最大の原動力となりました。

 

 

Q 今後、どのような会社にしていきたいですか。

A もちろん、IoTや医療分野での取り組みを継続し、事業を採算ベースに乗せることは目指します。しかし、私が定義する「真の成功」というのは、売上や利益といった経済合理性を超えたところにあります。

それは、木幡計器製作所が「世の中に必要なキーカンパニー」として、すべてのステークホルダーから認められることです。
そのために、老舗の「信頼性」を土台に、常に新しい「問い」を立て続ける企業でありたい。そして、共感をベースにした企業連携をさらに推進し、日本のものづくりの未来を支える存在でありたいと思っています。

 

 

「ないことづくめ」の思いから始まった事業承継は、自社の「存在意義」を見つける旅そのものでした。アトツギの皆さんには、家業を継ぐことをぜひ「挑戦」として捉えてほしいです。孤独だと思っても、本質的な課題を突き詰めれば、必ずそこに共感し、共に解決してくれる仲間が見つかるはずです。

 

 

【取材協力】
株式会社木幡計器製作所
〒551-0021 大阪市大正区南恩加島5丁目8番6号
HP:https://kobata.co.jp/

(文/写真:麻柄 瑶子)

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